幼馴染のお嬢様と執事の身分違いの恋

【部屋のドアをノックする音】

失礼いたします、お嬢様。

【部屋の扉の開閉音】

お嬢様に旦那様より(言伝ことづて)(うけたまわ)っております。
『至急(書斎しょさい)まで来るように』とのことです。

『ヤダ』じゃありませんよ。
行かないと怒られるのはお嬢様ですよ。
旦那様のお説教が長いのはお嬢様が1番ご存じのはずでは…?

でしたら、今すぐ旦那様の(書斎しょさい)に向かわれるのがよろしいかと(ぞん)じます。

ふふ。
そんなに重い(溜息ためいき)をついていると幸せが逃げてしまいますよ。

でしたら、お嬢様が戻ってこられたら、ティータイムにしましょう。
本日は、いい(茶葉ちゃば)が手に入ったんですよ。
今日だけ特別に、ケーキも付けることをお約束します。
行く気になりましたか?

素敵な笑顔ですよ。
いってらっしゃいませ。

(少し間を開ける)

おかえりなさいませ、お嬢様。

…どうされました?
お顔の色が優れないようですが…。

…『婚約が決まった』?

……そう…ですか。
それは、おめでとうございます。

めでたいことではありませんか。
お相手はどなたなんですか?

…なるほど。
家柄も、人柄も申し分ないですね。
いい方がお相手でよかったではありませんか。

(盛大せいだい)にお祝いしなければなりませんね。
屋敷中の者が喜びますよ。

…なんで泣くんですか?
何がそんなにイヤなんです?

見ず知らずの相手というわけでもないでしょう。
社交界ではいつもお嬢様を(口説くど)きにいらしてたではありませんか。
あんなに愛してくださる方は、そうそういらっしゃいませんよ。

お嬢様に、涙は似合いません。
いつものように笑ってください。
…お願いします。

……お嬢様、ワガママおっしゃらないでください。
私は、ただのお嬢様付きの執事です。
身分が違いすぎます。

……私とは…結婚…できません。

(※ 以下、口調がフランクになります。)

もう泣くなよ。
お前の涙に弱いって知ってんだろ?

『結婚しようね』って約束したの、ガキの頃じゃん。
子供の口約束なんか、無効だよ…。

あの頃は家のこととか何も知らなかったから、同じ立場でずっと一緒にいられると思ってた。
だけど、家の事業が次々に倒産…。
かつての栄光が崩れるのなんて、ほんとあっという間で、家は(没落ぼつらく)…。
お前の隣にいる権利は(剝奪はくだつ)された…。

俺がお前に本気で()れてるって知ってた旦那様が、せめてもの情けで、この家に執事として雇ってくれたんだ。
少しでもお前の近くにいられるようにとの(はか)らいで、お前専属の執事として、な…。

最初は嬉しかった。
朝起きてから夜寝るまで、ずっとお前の顔が見られるんだ。
こんな幸せなことがあっていいのかって、怖いほど毎日が幸せだった。

だけど、その幸せもそう長くは続かなかった。
お前に婚約の話が次々に舞い込んできているのを耳にした。
この家はここらでは1番の名家だからな。
仕方ないことだと自分に言い聞かせたよ。

今回決まった婚約者は旦那様が選んだ方だ。
間違いない。
絶対にお前が幸せになれる相手だから安心しろ。

お前が嫁に行ったあと?
ここにいても意味ないし、執事は辞めて、町でひっそり暮らすさ。
ある程度の生活スキルは教えてもらったからな。
1人でもちゃんと生きていけると思う。

だから、お前は心配せずに嫁に行け。
…な?

(お嬢様がいきなり抱きついてくる)

おいっ!
離れろって。
こんなところ見られたら、怒られるのは俺なんだからな?
いい子だから、離れろって。

…こんなことしても、何も変わらない。
さっきも言ったけど、俺とお前じゃ身分が違いすぎる。
一緒になることはできないんだよ。

『家なんか捨ててやる』って……一時的な感情でそんなこと口にすんなよ。
生まれながらのお嬢様が今更家を捨てて、庶民の暮らしができるわけがない。
冷静になれって。

この家を捨てたら、今まで俺やメイドがやってたことを全部自分でやらなきゃいけなくなるんだぞ。
掃除、洗濯、料理、ほかにもいっぱい…。

俺の給料じゃ、いいところに住むなんて夢のまた夢…。
玄関扉がガタついてて、虫やらネズミやら(隙間風すきまかぜ)が入ってくるようなボロい家に住むことになると思う。
そういう貧乏生活するって分かってるのか?

『俺と一緒なら、なんでもいい』って…。
(溜息)はぁ…。
ほんと、お前ってガキの頃から意地っ張りの(頑固者がんこもの)だよな。

(お嬢様を抱きしめる)

…ありがと。
俺のことをそこまで好きでいてくれて。

俺も、お前のこと大好き。

(お嬢様から身を離す)

明日2人で、旦那様に言いに行こ。
お前と家を出る許可、貰わないと。

…殴られるだろうなぁ。
ヤダなぁ…。

ん?
駆け落ちはダメ。
それは最終手段だから。

大丈夫だよ。
俺たちが誠心誠意込めてお願いしたら、旦那様も奥様も分かってくださる。
なんたって、お前のご両親で、俺の雇い主だからな。

あっ、忘れてた。
最後にちゃんと言わせてくれ。
こういうのは(有耶無耶うやむや)にしたくないから。

絶対に幸せにする。
だから、俺についてきてくれ。