けいとvoice_ch
voice:けいとvoice_ch

カクテル言葉に思いをのせて

〇 バーにて

(彼女が店に入ってくる)

A:いらっしゃい。

  いつものでいい?

  ん。
  了解。

  最近全然店に顔出さなかったけど、仕事忙しかったの?

  そっか…。
  ひと段落ついてよかったね。

  でも、無理したらダメだよ?

  君って、昔っからすぐ無理するから。

  そんなことなくないよ。
  高校の時の文化祭。
  『やる人がいないから』とか言って、最後まで(居残いのこ)りして、先生に怒られたじゃ
  ん。

  そうだったって。
  俺も一緒に怒られたから覚えてる。

  はい。
  お待たせ。
  いつものアプリコットフィズ。

(B、登場)

A:いらっしゃい。

B:悪い。遅くなった。

A:大丈夫。
  まだ飲んでないし。
  今日はどうする?

B:んー……ウイスキー。
  ロックで。

A:珍しい。
  いつもなら、「とりあえずビール!」なのに。

B:今日はビールの気分じゃねーの。

A:はいはい。
  作ってくるから、ちょっと待ってな。

B:サンキュ。

  ん?
  あぁ、仕事で遅くなった。

  急ぎだか、なんだかよく分かんねーけど、帰ろうとした時に言われてさ…。
  早くこっち来たくて、すっげー集中して最短時間で仕上げてやった!
  もちろん完璧に!

A:ん、お待たせ。

  (笑いながら)それにしても、すっごいドヤ顔。

  初めて見たかも。
  お前のそんな顔。

B:だって、普通にやれば数時間はかかるところ、1時間で仕上げたんだから。
  ドヤァってしたくもなるって。

  ふふん。
  すごいだろ。

A:こらこら。
  あんまり褒めないの。
  コイツ、すぐ調子乗るって知ってるでしょ?

B:今日くらいはいいじゃん?
  すっげーがんばったのは事実なんだし。

  (彼女に向かって)なぁ?

A:はい、はい。
  とりあえず、乾杯しよ。

B:だな。

A:(2人同時に)乾杯っ!
B:(2人同時に)乾杯っ!

B:くぅー!
  うまっ!

  お前、今日もいつもの飲んでんの?

  それ、うまい?

  ふぅーん。
  ひと口、ちょうだい。

  結構さっぱりした味なんだな。
  お前がよく飲んでるから、てっきり甘いんだと思ってた。

  ほら。
  高校の時、いつもいちごオレ飲んでたじゃん。
  やたら甘ったるくて、俺嫌いだったけど。

A:そう言えば、そうだったね…。

  今からでも、甘いカクテル作ろうか?

B:最初からこれ作ってたのか?

A:うん。
  俺のおすすめで、って言われて…。

B:へぇー。
  ”おすすめ”で、これ作っちゃうんだ。

A:なんだよ?

B:べっつにー。

  そうだ!
  お前まだ飲めるよな?
  なら、1杯(おご)ってやるよ。

  たまにはいいじゃん。
  甘えとけって。

  ベルベットハンマー、作れる?

A:作れるけど…。

B:じゃぁ、よろしく!

A:……分かった。

B:(小声で)やっぱ気付いたよな。

  ん?
  いや。
  こっちの話。

  そういや、お前の方はどうなんだよ。
  ここんとこ、ずっと仕事忙しかったんだろ?

  そっか。
  ひと段落ついてよかったな。

  でも、あんまり無理すんなよ?
  お前、昔っから自分より他人優先して無理するから。

  コイツにも同じこと言われたの?

  それだけ、俺もコイツも心配してるってこと。
  ちゃんと覚えとけよ?

A:ん。
  お待たせ。

B:待ってました!

  ほら。
  グイッといけ。

A:あんま(あお)んな。

B:おお!
  いい飲みっぷり。

A:その1杯で終わりにしときなよ。
  君、そんなに強くないんだから。

  よくないから言ってんの。

  店で潰れるのはいいけど、外で潰れたらヤバイから言ってんじゃん。
  知らない男に持ち帰られたら、どうするの?

B:その時は俺が連れて帰るから大丈夫。

A:余計に危ないし。

B:言うようになったじゃん。

A:お前のやり方、あからさますぎ。
  ()()けとか許さないから。

  (彼女に対して)君は気にしなくていいよ。
  関係ないから。

B:関係なくねーだろ。
  むしろ話の中心にいるじゃん。

A:それは…。

B:あのな、花に花言葉があるように、カクテルにもカクテル言葉があるって知ってっ
  か?

  じゃぁ、スマホで調べてみ?
  『カクテル言葉』で検索すれば出てくるから。

A:もうその(へん)にしとけって。

B:いいじゃん。
  調べればすぐ分かることだし、いい機会だろ。
  このまま言わないつもりかよ。

  いつも飲んでるカクテル調べてみ?

  名前分かんないか…。

  なぁ。
  コイツが飲んでるカクテルって、何て名前?

A:聞かなくったって、知ってるくせに。

B:知ってるけど、お前の口で言わせたいんじゃん。
  グダグダ言ってないで、さっさと教えろよ。

A:(無言)……。

B:(舌打ち)チッ
  言わねーつもりかよ。

  (耳元で)甘えた声で『いつも飲んでるカクテルの名前、何?』って聞いてみ。
  教えてくれるはずだから。

A:……アプリコットフィズ。

(少し間を開ける:彼女が調べている)

B:分かった?

  そ。
  「振り向いてください」
  それがいつも飲んでるカクテルのカクテル言葉であり、コイツの気持ち。

  (健気けなげ)だよな。
  ずっと気持ち隠してカクテルに思い乗せてたんだから。

A:うるさい…。
  せっかく今まで隠してたのに…。

B:お前は隠してたつもりかもだけど、俺にはバレてたからな。

A:ほんと、お前ってお(節介せっかい)

B:褒め言葉として受け取っとく。

A:勝手にしろ。

  ん?
  さっき作ったカクテル?
  それは…。

B:(被せ気味に)ベルベットハンマーな。

A:(かぶ)せてくんな。

B:いいじゃん。
  俺がオーダーしたんだし。

  おっ!正解っ!
  「(今宵こよい)もあなたを思う」
  俺もお前のことが好き。
  ずっと前からな。

A:ちなみに、俺の方がコイツよりずっとずっと前から君のこと好きだけどね。

B:今更開き直ってアピールすんな。

A:バラしたの、そっちなんだから文句言うなよ。

B:いつまでも言わない自分が悪いんじゃん。

A:…むかつく…。

  じゃぁ、せっかくだし、彼女に決めてもらう?
  どっちのカクテルが好きか。

B:(のぞ)むところだ。
  絶対負けねーし。

A:俺たち2人とも、君のことマジだから。

B:お前も真剣に考えて答えてほしい。

A:(2人同時に)君は、どっちのカクテルが好き?
B:(2人同時に)お前は、どっちのカクテルが好き?