アイツにだけは取られたくない!

主任:よっ!
   仕事、(はかど)ってる?

   おいおい…。
   どうしたんだよ…。
   お前が泣き(ごと)言うなんて珍しいじゃん。

   何かあった?
   話してみ?

   (相槌数回打つ)

   OK!
   じゃぁ、今できてるとこまででいいから、俺にデータ送って。
   続きやっとく。

   いいって。
   今日の仕事はもう終わったし。

   迷惑とか、そんなの全然考えなくていいから。
   そもそも、お前のことで迷惑だと思ったことないし。

   ほんとだって!
   じゃなきゃ、こうやって助けてやったりしないだろ?
   普通。

   他にも仕事あるっぽいじゃん。
   デスクの上、見れば分かる。

   分担した方が楽だし、早く仕事も終わるし、お前にとっていいこと()くめじゃ
   ん。
   …な?

   それとも、俺のこと、信用できない?

   ん。
   素直でよろしい。

   …ちょっ、ちょっと待て。
   すぐ次の仕事に取りかかろうとすんな。
   少しは休憩しろよ。
   全然休憩取ってないだろ?

   ったく…。
   お前って、俺が教育係やってた頃から何も変わんないな。
   その、クソ(真面目まじめ)なとこ。

   口、開けな。
   いいから。

   イタズラなんかしないって。
   ほら、早く。
   誰かに見つかる前に。

   (彼女の口にチョコを放り込む)

   うまい?

   そっか。
   気に入ってくれてよかった。

   お前、チョコ好きじゃん。
   たまたま通りかかって、買ったんだ。
   俺、甘いの苦手だから、よく知らないけど、何か有名な店らしくて…。

   残りやるから、食べながら続きがんばれよ。
   自分のペースでな。

   あっ!そうそう!
   さっきのデータ、忘れずに送っとけよ。

   あと、時間ある時にでもデスクの上、(整理整頓せいりせいとん)すること。
   ()らかりすぎ。

   じゃぁ、またあとで。

(彼女の元から主任が離れる)

(後輩、登場)

後輩:せーんぱい!
   チェックしてもらいたい書類があるんですけど、今いいですか?

   よろしくお願いします!

(彼女が書類のチェックを始める)

   …あれ?
   このチョコ、どうしたんですか?

   ふぅーん。
   貰ったんだ…。
   誰から?

   『内緒』?

   …当ててみてもいいですか?
   (大体だいたい)(見当けんとう)はついてるので…。

   ……主任、でしょ?

   見てれば分かりますって。
   いろいろと分かりやすいですから。
   あの人。

   ここのチョコ、今(一押いちお)しされてて、テレビとか雑誌とかに取り上げられてるん
   ですよね。
   買うのに何時間も並ばなきゃいけないって聞いたけど…。

   (小声で)まさか…ね…。

   うぅん。何でもないです。
   ただの(ひと)(ごと)なんで…。

   あの……先輩、今日仕事終わったら、予定とかってあります?

   もしよかったら、俺と…。

(主任登場)

主任:おーい。
   さっきのデータだけど…。

   …何で、コイツがいるんだよ…。

後輩:それはこっちのセリフです。
   今は、俺が先輩に書類の確認をしてもらってるんで、主任の用件は後にしても
   らっていいですか?

主任:(生意気なまいき)…。
   かわいくない…。

後輩:別に主任にかわいいなんて思ってもらいたくないですよ。

   先輩も俺のこと『かわいい』って思っちゃダメですからね?
   …『かっこいい』なら、別ですけど…。

主任:(鼻で笑う感じで)ふっ。
   そんなの無理だろ。
   かわいいどころか、(にく)たらしいだけだし。

後輩:主任には言われたくないです。
   先輩に近づく男に(かた)(ぱし)からガンつけまくってたくせに…。

主任:何のことか、俺にはさっぱり…。

後輩:とぼける気ですか?
   まぁ、そっちがその気なら、それでもいいですけど…。

主任:それが上司に向かっての口の()(かた)か?

(後輩の指導がなってなかったことを詫びる彼女)

後輩:先輩が謝ることないんです。
   俺が勝手に主任の喧嘩買っただけなんで…。

   ……はぁ!?
   先輩、何か勘違いしてません?

   確かに『喧嘩するほど仲がいい』とは言いますが、主任とは全然仲良くなんか
   ないですよ。
   これっぽっちも。

主任:偶然だな。
   俺も、同じ意見だ。

後輩:主任と同じ意見なんて最悪…。

主任:(ちょっとイラっとしながら)聞こえてるからな?
   調子に乗んなよ?

(チェックを終えて後輩に書類を渡す彼女)

後輩:確認、ありがとうございました。
   さっき言いかけたことは、あとで言いますね。
   主任には聞かれたくないので。

主任:愛の告白でもするつもりか?

後輩:寝言は寝て言ってください。
   それでは、失礼します。

(後輩が離れていく)

主任:ほんと、アイツかわいくないよな。
   (揶揄からか)(甲斐がい)はあるけど。

   あっ!そうそう!
   さっき送ってもらったデータ、完成したから確認だけしといて。

   ふふん。
   この程度は、(朝飯前あさめしまえ)よ!

   お礼?
   んなもん、いらないって。

   んー……じゃぁ、今日仕事終わったら予定()いてる?

   飲みに行こ。
   この間、いい店見つけたんだ。

   よしっ!決まりな。
   残業とかすんなよ?
   約束だからな?

(後輩再登場)

後輩:主任、まだ先輩のとこにいたんですか?
   いい加減、自分の仕事したらどうなんです?

主任:言われなくても、今日はもう終わってんだよ。

後輩:そうですか。
   そういえば、さっき課長が探してましたよ?
   急ぎの用事っぽい感じでしたけど…。
   早く行った方がいいんじゃないですか?

主任:えぇー……行きたくない…。
   でも、行くしかないか…。

   さっきの約束忘れんなよ?
   

(主任、離れる)

後輩:やっと、どっか行った…。
   ここだと落ち着いて話せないんで、会議室行きましょ。
   ()いてる部屋、押さえといたんで。

   いいから、早く!

(会議室に移動する → 鍵をかける)

後輩:これでやっと落ち着いて話せる…。

   ここまでしないといけないんです。
   主任に先輩取られちゃうから。

   そんなことあるんです!
   (げん)に、さっきだってそうだったし…。

   それよりも、先輩。
   主任が言ってた『約束』って何のことですか?

   えぇー!?
   2人だけで飲みに!?
   まさか、OKしてませんよね?

   うわぁ…最悪…。
   俺が先に誘おうと思ったのに…。

   さっき言いかけたことは、ご飯誘おうとしたんです…。
   たまには先輩といろいろ話したいなぁって思って…。
   まさか、主任に先を越されると思いませんでしたけど。

   イヤですよ。
   先輩と主任と3人で行くなんて…。

   俺は、先輩と2人でご飯に行きたいんです!
   主任は必要ありません。

(鍵が解錠され、主任が中に入ってくる)

主任:おいっ!
   課長が呼んでるなんて嘘()くなよ!

後輩:(小さく舌打ち)チッ
   (小声で)来るの早すぎ…。

主任:何か言ったか?

後輩:いいえ。
   何も。

   それより、なんで鍵持ってるんですか?
   俺が持ってるはずなのに…。

主任:主任以上の役職は皆持ってるんだよ。
   残念だったな。

   こんなところで油売ってないで、さっさと仕事に戻れ!
   お前も、コイツの言うこと聞いて、こんなとこで2人きりになるな。

   男と2人きりなんて危ないだろ?
   …何かされたりしてないよな?

後輩:主任じゃないんですから、何もしてませんよ。

主任:俺がコイツに何かしたことなんて、今まで一度もないけどな。

後輩:してるじゃないですか。
   先輩の好み全部把握して、好きな物で釣ろうとしてるのモロバレだし。

主任:コイツの好み知ってるのは当たり前だろ。
   新人の頃から知ってるし、いろいろ世話焼いたからな。
   (嫌味っぽく)何も知らない自分が(くや)しいんだろ?

後輩:別にっ!
   これから知っていけばいいだけの話ですから。

(彼女が2人のやりとりを見て笑っている)

主任:何笑ってんだよ。
   おもしろいことなんてないだろ?

後輩:…先輩の笑顔、かわいい。

主任:心の声、ダダ漏れてんぞ?

後輩:別に構いませんよ。
   ほんとのことですから。

主任:お前…。
   隠す気ないな?

後輩:もちろん。
   もう隠すのはやめます。
   このまま隠してたら、主任に取られそうなんで。
   これからは攻めます。

主任:誰が相手だろうが負ける気はしないけどな。

(2人の話の展開が早すぎて困る彼女)

後輩:先輩、ごめんなさい。
   置いてけぼりにしちゃって…。
   話の意味、全然分かんなかったですよね…。

   今から大事な話をするんで、よーく聞いてください。

   いきなりでびっくりしちゃうかもしれないけど、先輩のことが好きです。
   初めて会った時から。
   一目惚れでした。

   俺の彼女になってください。

主任:おまっ……()()けすんなよ!

後輩:攻めるって言ったでしょ?
   ()()けとか関係ないですよ。
   恋に『待った』はないんですから。

主任:ったく…。
   これだから、ガキは…。

   あのさ……実は、俺もお前のこと好き。
   教育係してた頃から、ずっと…。

   そうだよな。
   驚くよな。
   ごめん。
   でも、もう待ってられないんだわ。

   …俺の彼女になってください。

後輩:返事は(あせ)らなくていいですから。
   ゆっくり考えてください。
   俺、『待て』には自信あるんで。

主任:そう言いながら、攻め()としにいくんだろ?

後輩:当たり前です。
   時は金なりって言うくらいだし、1秒たりとも無駄にはしません。
   だって、それだけ先輩のことが好きなんですもん。

   (耳元で)ちなみに、結婚まで考えてますから。
   そのつもりで。

主任:おいっ!
   離れろ!
   近すぎなんだよ!
   お前は!

後輩:マジうるさい…。
   こんなうるさい人の彼女にはなりたくないですよね、先輩?

主任:それは分かんないだろうが!

   コイツの言葉に惑わされるなよ?
   汚い手を使ってでもお前を()とそうとしてるんだからな?

後輩:それは主任でしょ?

主任:お前ほどじゃないわ。

後輩:どうだか…。

主任:ごめんな。
   コイツが邪魔でちゃんと話できなくて…。

   悪いけど、優しい先輩は今日で卒業。
   これからはただの優しい先輩でいるつもりないから。
   
後輩:主任の言う通りですよ。
   俺のことも、今までと同じ『ただの後輩』と思わないでくださいね。

主任:(2人同時に)絶対俺の彼女にするから。覚悟しろよ?
後輩:(2人同時に)絶対俺の彼女にするから。覚悟してね?