今日は僕のご主人様を紹介します。
僕と僕のご主人様との出会いは遠い昔まで遡ります。
あれはご主人様が幼稚園生だった頃。
遊園地の土産物ショップで並んでいた僕をご主人様が見つけてくださいました。
運命の出会いでした。
「この方の元に行けたら…」
そんなことを考えていた時でした。
『この子が欲しい!』とご主人様がおっしゃったのです。
僕の心の声が届いたのかと思って、舞い上がってしまいました。
しかし、僕の声がご主人様に届くはずもありません。
ただジッとご主人様をひたすら見つめました。
ご主人様は僕を手に取ると、その胸にかき抱いてくださいました。
『何が何でも離さない!』と言わんばかりに、僕を抱きしめるご主人様に、ご主人様の父上が根負けし、無事、僕はご主人様の元へ行くことができました。
それからというもの、ご主人様と寝食を共にする日々が続きました。
『ずっと一緒だよ』
小さい頃からのご主人様と僕の合言葉。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学…。
同じ時間を片時も離れず、ずっと一緒に過ごしてきました。
月日が経つのはあっという間です。
とうとうご主人様が社会に旅立つ日がやってきました。
一人暮らしというものをするそうです。
ご主人様の部屋の物が一つ、また一つと片付けられていきます。
ダンボールに仕舞われる物、捨てられてしまう物、売られていく物…。
「僕とも『さよなら』かな…」
そう思っていました。
僕もご主人様に見つけてもらった時に比べて、年を取りました。
体はボロボロです。
ご主人様の部屋には僕よりも若く綺麗な奴らがたくさんいます。
でも、ご主人様は僕を優しく抱きしめて新居へ連れてきてくださいました。
新居にやってきて、片付けがやっと終わったと思ったら、お仕事がご主人様の毎日を支配しました。
そして、それはご主人様を蝕み始めました。
日々どんどんやつれていくご主人様。
僕はただ見守ることしかできません。
どうにか助けになりたいのに、助けられない。
葛藤に苦しみました。
ある日、ご主人様が真っ青な顔で帰ってきました。
「どうしたの?」
僕はいつものようにただジッとご主人様を見つめます。
すると、ご主人様がポツリと言いました。
『もう死んじゃおうか…』
ハッとして、ご主人様の顔をよく見ると、目に覇気はなく、絶望しかありませんでした。
「神様、どうかこの子を救う力を僕にください。力の代償に、何でも支払います」
神がいるのか僕は知りません。
でも、ご主人様を助けたい一心で僕は神に祈りました。
願いが通じたのか、僕の右腕がご主人様の頬を優しく撫でました。
ただちょうどご主人様の頬の位置に僕の腕があって、ご主人様の頭が揺れた瞬間に偶然 撫でただけかもしれない。
それでも、ご主人様は何かを感じ取ってくれたのか、大粒の涙を流し始めました。
『ごめん…馬鹿なこと言った…』
それから、ご主人様はお仕事の愚痴をたくさん零しました。
それは夜通し続きました。
ひとしきり愚痴を零し、泣き疲れたのか、ご主人様は深い眠りにつきました。
「今日が休みでよかったね…ゆっくり…おやすみ…」
神に祈って願いを叶えた代償を払う時がきたようです。
僕はご主人様の近くから少しずつ意識が遠のき始めました。
最後までご主人様を見ていたくて、目に焼き付けたくて、ずっと見つめました。
「僕が…いなくても…がんばるんだよ…」
ご主人様は昔のようにあどけない笑顔で眠っています。
久々に見たような気がする寝顔でした。
「僕は…遠くに…いくけれど…ずっと…見守ってる…から…」
ご主人様はまだ眠ったままです。
「大好きだよ…さよなら…」
意識が途切れる瞬間でした。
『私も…大好き…』
ご主人様は寝言をたまに言います。
この時もたまたまだったはずです。
でも、嬉しかった。
最高に嬉しかった。
生まれてきて1番嬉しかった、と言っても過言ではないくらい嬉しかった。
そして、ご主人様は僕を抱き寄せ、温かい腕の中に収めてくれました。
幸せで胸いっぱいにして、僕は意識を手放しました。
ご主人様が目を覚ました時の僕は、今までの僕と少し違うと気付くだろうか?
ご主人様が苦しい時、救ってくれる誰かがいるだろうか?
僕の不安は尽きないけれど、きっと僕のご主人様は大丈夫。
なんてったって、僕の自慢のご主人様なんだから。