やぴさん。
voice:やぴさん。

もっとおいしくするために愛情の込め方を教える料理教室の先生彼氏

(彼女が料理しているところに近づいてくる)

んー!
いい匂い。

できた?

どれどれ…。

(味見する)

んー……まぁまぁかな。
()もなく(不可ふか)もなく…点数を出すなら……60点。

『何それ!?』って、ただの率直な感想だけど?
(及第点きゅうだいてん)なんだし、よくない?

じゃぁ、もっと(事細ことこま)かにダメ出ししてほしいの?
言おうと思えばいくらでも言えるけど、言ったら君のメンタルがやられると思うよ?

ん。
素直でよろしい。

でも、マジでうまくなったよ。
普通に食べられるようになったもん。

最初の頃、思い出してみなよ。
人間が食べていいとは(到底とうてい)思えないような物作ってたじゃん。

初めて君の手料理食べた時、「殺す気?」って半ギレで言ったの覚えてる?

あれは、ほんとに(ひど)かった…。
今思い出してもゾッとする…。
ある意味、ホラーだったね。

だって、料理で殺されるって本気で思ったもん。
「この世の中にこんなにマズい物を作ることができる人がいるのか」って。

あぁ……そう言えば、自覚させるために君にも味見させたら『別に食べれなくないでしょ?』って言われて、別れを決心したんだっけ…。

ふふ。
今だから言えることだけどね。

懐かしいけど、あの頃には絶対戻りたくないし、あの料理は2度と食べたくない。
次食べたら確実に死ねるもん。

今なら少しは分かるでしょ?
あの時の味のヤバさ。

よかった。
少しは分かってくれて…。

ん?
料理の見た目?

見た目はあの頃から悪くないよ。
だから、余計にタチが悪かったんじゃん。
『レシピ通りに作った』って言ってるのに、何をどうすれば、あの味付けができるのか、全然分かんなかったし…。

まさか『調べて、見つけた隠し味を全部入れてた』なんてね…。
正直、あの台詞聞いた時、(あき)れたもん。
隠し味を1つ、2つ入れるならまだしも、全部とか…。
そんなことしてる人、今まで出会ったことなかったから分からないのも当然なんだけどね…。

まぁ、スタートがマイナスからだったから、ようやく人並みまで成長できた感じかな。

ん?
もっとおいしくする方法?

そうだなぁ…。
あるにはあるけど……聞きたい?

『愛情は最高の調味料』って言うじゃん。
その愛情が()んない。

今、俺にどうやって味見させた?

そうだよね。
小皿に取って、『はい、どうぞ』なんて味気なさすぎじゃない?

じゃぁ、どうやって愛情を込めればいいと思う?

『あーん』?

それはさっきよりはずっと愛情こもってるけど、あと1歩足りない。
正解まで、もうちょっとなんだよなぁ。

正解、知りたいの?

どうしても知りたいの?

知っても、後悔しない?

ん。
分かった。
なら、教えてあげる。

こうやるの。

(濃厚なリップ音)

……口移し。

自分で味見した時よりも、ずっとおいしくなったと思わない?
俺はさっきよりずっとずーっとおいしくなったと思う。

バカ…。
こんな味見の仕方、好きな人にしかしないし、誰かに教えるわけないじゃん。
教室でこんなの教えてたら問題になって、生徒さんたちいなくなっちゃうよ。

誰にも教えたことのない、俺と君だけの愛情たっぷりの味見の仕方。
今度からはこれで味見させてね。

…忘れたらダメだよ?