大人の傷心ホワイトデー

(ホテルのバーにて)

(彼、カウンターに座っているお姉さんに近づく)

こんばんは。
お姉さん、一人?

見れば分かるけど、あとで友達とか来たら気まずいじゃん?
だから、一応確認。

ふぅーん。
俺も一人なんだ。

ちょうどいいし、一緒に飲もうよ。

ヤダ!ヤダ!
お姉さんと一緒に飲みたい。

ねぇ……ダメ?

やったー!

(彼、お姉さんの隣に座る)

では、俺たち二人の出会いに……乾杯。

(グラスを合わせる)

(ひと口飲む)

で、なんでそんなシケた顔してんの?
せっかくのお酒が(不味まず)くなんない?

…実は訳アリだったりする?

(お姉さん、図星でちょっとイラつく)

確かに、俺には関係ない。
けど、関係ないからこそ、話してスッキリしようよ。
知り合いに話すよりハードル低いと思うよ?

ここで会ったのも何かの縁だし、全部俺にぶちまけちゃわない?

(お姉さん、話し始める)

(相槌数回)

……そっか…。
フラれちゃったんだ…。

好きだったの?
その人のこと。

泣きそうな顔するくらい?

……じゃぁ、今にも泣きだしそうなお姉さんにプレゼント。

これ、貰ってくれない?

そ。
ホワイトデーのお返し。

俺もね、フラれたんだ…。
バレンタインにくれたのは明らかに義理だったのに、どうしても気持ちを抑えらんなくてさ…。
玉砕覚悟で告白したら『気持ちに答えらんないから、これは受け取れない』って…。

その子のことすっごい考えて選んだから、お姉さんの趣味には合わないかもだけど、俺がこれ持ってても意味ないし、お姉さんさえよかったら受け取ってほしい。
もし、開けてみて全然気に入らなかったら、こういうのが好きそうな子にあげてくれて構わないから。

うん。
ほんとにいいよ。
貰ってくれなきゃ、ゴミ箱行きだもん。
捨てるのは、さすがに気の毒というか……このプレゼントも、これを作った人も、本望じゃないと思うしね…。

(お姉さん、受け取る)

……ありがと。
受け取ってくれて。

(彼、残ってる酒を煽る)

(バーテンダーに対して)すみません。
同じの、ください。

(お姉さんに対して)…あれ?
お姉さんもグラス、空じゃん。

なんか飲む?

俺のと、同じのでいい?

(バーテンダーに対して)彼女にも同じものを。

(お姉さんに対して)お姉さん、このあと帰るだけ?
なら、思いっきり飲まない?

ベロベロになって帰れなくなっても、大丈夫だよ。
上に部屋取ってるもん。

(ちょっとイラっとして)あのねぇ……警戒しないでくれない?
俺にベロベロに酔った相手を襲う趣味はないから。
襲うなら、シラフじゃないと…。

だって、せっかく愛し合っても、その時間を覚えてないとか、悲しい以外の何物でもないじゃん?
体の相性がめちゃくちゃよくて、その先に一歩進める可能性があるかもしれないのに…。

全部覚えといてほしいから、酔った相手を襲ったりしない。

…えぇー!?
何、それ!?
襲ったりしないって言ってんのに、『襲ってもいいよ』って…。
もう酔ってんの?

残念ながら、そこまで女の子には困ってませんー。
まぁ、お姉さんは俺の好みにドストライクだけど、今日はやめとく…。

(バーテンダーが酒をだす)

(バーテンダーに対して)ありがとうございます。

(お姉さんに対して)ほら。
グラス、持って。持って。

今夜はゆっくりお互いの傷を舐め合うだけ。
この先があるとしたら、それはまた今度どこかで会えた機会に…。

……改めて、乾杯。

(グラスを合わせる)