【童話アレンジ】現実世界へ帰したくないヤンデレ乙姫

(魚たちの踊りが披露されている)

いかがですか?
楽しんでおられますか?

あら?
お酒が減ってない…?

…もしかして、お口に合いませんでしたか?
別のお酒をご用意させましょうか?

…『気がかりなこと』と申されますと…?

村に残してこられたお母様、ですか…。

そうですよね。
何も言わずにここへやって来られたんですもの。
お母様もさぞ心配なさってるでしょう。

…分かりました。
お帰りの準備をすぐいたしますね。

(魚たちに)お前たち。
お客様がお帰りです。
今すぐ土産の準備をなさい。

(魚たちが帰りの準備を始める)

こちらは玉手箱になります。
ささやかではございますが、私たちからの気持ちです。
ここへ来た記念に、どうぞお持ち帰りください。

そして、ここからは大事なお話です。
よーく聞いてくださいね。

この玉手箱、現実世界に戻ったからといって、すぐ開けたりしないでください。
どうしても困った時に開けてください。
きっと(貴方様あなたさま)のお役に立つはずですから。

……お送りの準備ができたようです…。
お別れ、ですね…。

短くはありましたが、楽しい時間をありがとうございました。
どうか、私たちのことを忘れないでくださいね。

……危ないっ!

(倒れる浦島太郎を抱きしめる乙姫)

どうされました?
顔色が優れておりませんが…。

『体が動かない』ですって!?

……やっと効いてきたんですね。
変わった様子が見られなくて、ひやひやしておりました。

(貴方様あなたさま)は現実世界の人間です。
そんな(貴方様あなたさま)がこの世界の食べ物を食べて、平気でいられるでしょうか?

答えはNO。
人間にとってこの世界の食べ物は全て毒。
個体差はあれど、ある程度食べれば体の自由が()かなくなるんです。

えぇ。
だから、次から次へと料理やらお酒を運ばせていたんです。
少しでも多く、(貴方様あなたさま)の口に入れるために。

人間がこの世界に来たのは、はるか昔。
小さい頃にそういう内容の絵本をよく読み聞かされていたので、今でも覚えています。
けど正直、人間なんて生き物は存在しなくて、おとぎ話だと思っていました。
だって、私の周りの者たちは誰も人間を見たことがなかったんですもの。

なのに、(貴方様あなたさま)が突然やって来られたでしょう?
それは、もうびっくりしました。
おとぎ話の中にしか存在していないはずの人間が現実に、目の前にいるんですよ?
普通に考えて、簡単に帰すわけないですよね。

外見とか、どうでもいいんです。
私にとっては、人間の男性ということが大事なんです。

そんな不安に押し潰されそうな顔をなさらないでください。
体の自由を奪ったからといって、取って食ったりいたしませんよ。

私の願いは、ただ、(貴方様あなたさま)にここにいてほしい。
それだけなのです。

淡い期待を持たれて、ショックを受けないように先に申し上げますと、この世界の物を食べ続けたからと言って、体の自由が元に戻ることはありません。

言ったでしょう?
「この世界の食べ物は全て毒」だって。

多少慣れはしても、(所詮しょせん)毒は毒。
克服には至りません。

大丈夫。
体の自由が()かなくても、この子たちがきちんと(貴方様あなたさま)様のお世話をいたしますから。
もちろん、私も…。

現実世界のことなんか全部忘れて、どちらかの命が尽きるその日まで私と幸せに暮らしましょうね?
……旦那様。