(お嬢様の部屋の扉をノックする)
失礼いたします。
お嬢様、本日の執務はお済みでしょうか?
…おや、珍しい。
お嬢様ともあろうお方が、まだ執務がお済みでないとは…。
残りの執務は、あとどれくらいですか?
隠しても片付かないんですから、さっさと見せてください。
調整いたします。
……このあたりの締切はまだ先ですし、明日に回してしまいましょうか。
明日の執務はそこまで多くない予定なので…。
現在把握しているものですと、本日の7割程度ですね。
急ぎの案件がなければ、の話ですが…。
忙しい日の翌日、比較的落ち着いている日の執務には決まって急ぎの案件が舞い込んでくるじゃありませんか。
つい先日もあったでしょう?
『終わったー!』ってお嬢様が喜んだ瞬間に、面倒な案件が舞い込んできたことが…。
もうお忘れになったんですか?
ですから、きっと明日も急ぎの案件が舞い込んできますよ。
今のうちから心の準備をしておくのがよろしいかと…。
私の執務ですか?
お嬢様の夕食前には終わっておりましたよ。
当たり前です。
執事たるもの、主人最優先。
そのために、自分の執務をいかに効率よく進めていくかのノウハウは習得済みです。
ほら。
仕事を減らしてさしあげたんですから、さっさと済ませてください。
でないと、私の今日の分の報酬がいただけないじゃないですか。
と言っても、今日が終わるまであと3分ですけどね。
時間の把握もできていないとは…。
なんと嘆かわしい…。
時間にルーズな人間は信用に値しない、でしたっけ?
お嬢様がよくおっしゃってますよね。
なのに、お嬢様自身が時間にルーズだったなんて…。
聞いて呆れます。
どうされるおつもりですか?
私との契約は。
『お嬢様の執務が終わったら』という条件で、お嬢様の執務のサポートをする代わりに報酬として血をいただく契約でしたが……このままですと、契約不履行により契約解除せざるを得ませんよ?
執務の邪魔をしてしまい、大変申し訳ございません。
しばし、黙らせていただきます。
(少し間を開ける)
(0:00の鐘が鳴る)
…日付が変わってしまいましたね。
お嬢様とはまだ一緒に過ごしたかったんですが、契約不履行では仕方ありません。
本日、この時をもって契約解除とさせていただきます。
お嬢様のサポートは、とてもやりがいがあり、毎日刺激的で、暇を持て余していた私にとっては充実した日々でした。
今まで本当にありがとうございました。
何かと忙しい日々が続くとは思いますが、どうかお体には気をつけてくださいね。
それでは、失礼いたします。
…なんですか。
みっともない。
プライドが人一倍高く、気品に溢れ、人々から憧れの眼差しを向けられているお嬢様が私ごときに縋りつくなんて、かっこ悪いことはなさらないでください。
私より優れている方は世の中にたくさんいます。
お嬢様の人を見る目は確かなんですから、その目で新たにお嬢様をサポートしてくれる方を見つけてください。
きっといい方が見つかりますよ。
(溜息)はぁ…。
お嬢様。
子供みたいにダダをこねないでください。
…どうしても私と契約していたいんですか?
でしたら、再契約をしますか?
本来、一度契約した相手との再契約はルール違反ですが、私たちが黙っていればバレることもないでしょう。
いいも悪いも私との再契約を望んだのはお嬢様です。
私はどちらでも構いませんよ。
どうなさいますか?
再契約しますか?
それとも、やめておきますか?
…分かりました。
では、跪いて乞うてください。
『私の元にずっといてください。引き換えに、私の全てを差しあげます』と。
ふふ。
なんと愚かなんでしょう。
全てを差し出してまで私が欲しかったとは…。
たまりませんね。
では、私はお嬢様の命が尽きるその日まで、公私共に今まで以上に全力でサポートいたしましょう。
この契約でよろしいですか?
では、指を出してください。
再契約のためにお嬢様の血をいただきます。
…少しチクッとしますよ?
(お嬢様の指に歯を立てて吸血する)
どうですか?
気分が悪くなったりしてませんか?
うまくいったようでよかったです。
先程行ったのは、血の契約。
それにより、お嬢様はもう人間ではありません。
(耳元で)…私の眷属です。
騙したなんて人聞きの悪い…。
お嬢様が再契約を望んだ時に詳細を確認しなかったことが原因でしょう?
確認されたところで、強行突破するつもりでしたけど…。
これからも末永くよろしくお願いいたしますね。
それはそうと、今日の……いや、もう昨日でしたか…。
契約不履行は貸しにしておきます。
もちろん貸しですので利子が発生しますから、なるべく早く返してくださいね。
早く返していただかないと、膨れ上がった利子でお嬢様の血を全部飲み干すことになりますから。
ご注意を…。