Zakuro
voice:Zakuro

キャリアウーマンの姉が倒れたのを看病する弟

【玄関の開閉音】

おかえり。

(めずら)しいね。
姉さんが帰ってくるなんて。

休みなの?

『シャワー()びて、荷物取りに来ただけ』ね…。
(相変あいか)わらず仮眠室で寝てるの?

そろそろ、家に帰ってきたら?
いくら忙しいとは言っても、このままじゃ姉さんが倒れちゃうよ。

あれ?
姉さん、顔赤くない?
目だって(うつ)ろな感じだし、足元ふらついてるし…。

調子悪いんじゃないの?

『大丈夫』って…。
どう見ても大丈夫に見えないんだけど?

それでも、会社に戻るの?

(溜息)はぁ…。

分かった。
じゃぁ、せめてご飯は食べていって。
俺、作るから。

どうせ(ろく)な物、食べてないんでしょ?
『忙しい』を理由にして、食事抜いてるのバレバレ。

『なんで?』って、見れば分かるよ。
腕は細くなってるし、ほっぺはこけてるし…。
前帰ってきた時は、もう少しふっくらしてたからね。

姉さんはもう少し自分のこと大事にした方がいいと思うよ。
そんなに自分を(粗末そまつ)にしてると、いつか本当に倒れかねないよ。

って、姉さん!?

言ったそばから倒れないでよ。

意識は…あるね。

どこかぶつけてない?
大丈夫?

よかったぁ…。

立てそう?

…体に力が入らないんだ。
じゃぁ、俺が(かか)えて姉さんの部屋に連れて行くから。

『ヤダ』じゃない!
もしかして、まだ会社に戻ろうとしてる?

いい(加減かげん)にして。
こんな状態で戻ったって、周りの人に迷惑をかけるだけでしょ。
それくらいのこと、頭のいい姉さんなら分かるよね?

『大丈夫だもん』って…。

(溜息)はぁ…。

大丈夫だったら、自分で立てるはずだよね?
大丈夫じゃないから、俺に(かか)えられようとしてるんだよね?

ちゃんと現状を受け入れて。

分かった?
返事は?

よろしい。

じゃぁ、部屋まで運ぶね。

(少し間を開ける)

よいしょ……っと。

体、かなり熱くなってるよ。
ずいぶん熱上がってきてるんじゃない?

『そんなことない』って…。
姉さん、(相変あいか)わらず(強情ごうじょう)だね。

とりあえず、はい。体温計。
熱、測って。

えっと……(着替きが)えは、どうする?
姉さんのクローゼット開けてもいいなら、俺が出すけど…。

いいんだ…。
そういう()じらいとかはないんだね…。

【クローゼットを開ける音】

えっと……パジャマ。
はい。これでいい?

下着も!?
姉さんの下着も出せって?
普通、そこまで弟にさせる?

はいはい。
取ります!
取らせていただきます!!

…これでいい?

熱、測れた?
体温計、貸して。

うわっ…38℃()えてるじゃん。
よくこれで帰ってこれたね。

『えへへ』って、()めてないからね。
(あき)れてるんだからね。

ったく…。
姉さんが(着替きが)えてる間、お粥作ってきてあげる。

姉さん、(卵粥たまごがゆ)好きだったよね?
それでいい?

ん、分かった。
ちゃんと(着替きが)えて、(大人おとな)しく(布団ふとん)に入ってること!
約束だからね。

(少し間を開ける)

【ドアをノックする音】

姉さん、入るよ?

【ドアの開閉音】

ちゃんと約束守ってるじゃん。
えらいね。

はい、お(かゆ)
食べられるだけ食べて。
残してもいいから。
また食べたくなった時に温め直せばいいだけだからね。

どう?
おいしい?

よかった…。
誰かに作ったのって初めてだったから、すごく不安だったんだ。

あっ!
そうそう。
食べながら聞いて。

会社に連絡して、『姉は(風邪かぜ)で倒れたので、戻りません』って伝えておいたから。

怒らないでよ。
少し休んだら会社に戻ろうと思ってたの、(見抜みぬ)いてたからね。
先に手を打たせてもらったよ。

それで、上司の人から伝言。
『今週いっぱい自宅(療養りょうよう)です。しっかり休んで元気になって戻ってきてください』だって。

姉さん、めちゃくちゃ心配されてたよ?
人に心配されたら、少しは素直に言うこと聞こうよ。
ね?

というわけで、姉さんはしばらくの間、しっかり寝ることが仕事になりました。
だから、これ食べて、薬飲んだら、ゆっくり寝てください。

俺、姉さんの(面倒めんどう)見るからさ。

仮眠室じゃ、落ち着いて寝れてなかったんでしょ?
目の下のクマ、(ひど)いよ。
(ろく)に食べてなくて、寝てないから、体調崩すのは当然だよ。

ん?
もう全部食べたの?

『もっとちょうだい』って、そんなに気に入ってくれた?

ありがと。

でも、いきなりいっぱい食べたら胃に負担かかるからここまで。
また作ってあげるから。

薬は……姉さんの(かばん)の中?
これでいい?

はい。
あと水ね。

飲んだ?

じゃぁ、ちゃんと(布団ふとん)かけて。
ほら、寝る!

『ヤダ』って子供みたいなこと言わないでよ。
いい大人なんだから。

『寝るまで一緒にいて』?
そういうことは彼氏に言いなよ。

でも、弱った時に近くに誰かいてくれると安心する気持ちは分からないでもないから…。

仕方ない…。
今日だけ特別だからね。

(溜息)はぁ…。

本当に俺って姉さんには甘いよね。

ん。手、(にぎ)っててあげる。

嬉しそうに笑って…。
姉さんのその笑顔、弱いんだよなぁ…。
ずるいよ…。

もういいから。
ほら、寝なさい!

(少し間を開ける)

……落ちるように寝たなぁ。
ったく、周りに迷惑かけすぎ。
がんばってる姉さんは好きけど、周りのことも、もう少し見てくれると嬉しいかな。

まぁ、姉さんに言ったところで、聞く耳持つはずないか…。

ん?何?
…寝言?

(呑気のんき)だなぁ…。

俺の名前呼んだ?

何?姉さん。

『私のおやつ、食べるな』って…。
どこまで()(意地いじ)()ってるんだか…。

俺は姉さんのおやつ食べたことないだろ。
むしろ、姉さんの方が俺のおやつ食べてるし…。
名前書いてたって問答無用でさ…。

まぁ、そういうところがかわいいところでもあるんだけど。

姉さんが好きなプリン、今のうちに買ってこようかな。
起きたら食べるだろうし。

ゆっくり休んで、早く元気になってね。

おやすみ。