【診察室の扉の開閉音】
ちゃんと来たね。
ここ、座って。
(看護師に対して)あとは僕がやるから、君はいいよ。
ありがと。
【診察室の扉の開閉音】
さてと…これで2人きりだね。
せっかく2人きりなのに、なんでイヤそうな顔するの?
傷つくなぁ…。
そんなに注射がイヤ?
ちょっとチクッとするだけじゃん。
…はい、はい。
分かったから。
どんなにイヤだろうと、どんなに文句を言おうと、注射しないと帰さないよ。
当たり前でしょ。
予約取って、ここまで来てもらったんだから。
とりあえず、問診票からチェックしていくね。
(笑いながら)いきなり刺すわけないでしょ。
俺が注射してもいいって判断しないと打てないからね。
ほんとだって。
こっそり刺したりしないから。
そんなに警戒しないで。
(少し間を開ける:問診票をチェック中)
……うん。
注射してもよさそうだね。
最後に確認だけど、今日、体調悪くないよね?
…悪いの?
どこが、どう悪いの?
言わなきゃダメに決まってるでしょ。
治療の必要な病気にかかってたら、早く治療しないといけないでしょ?
『喉が痛くて、熱がある』…?
ふぅーん。
じゃぁ、口開けて。
喉
んー……
体調悪いって言えば、注射しなくて
ほんとに、もう…。
子供みたいな
『だって…』じゃないから。
いい加減、覚悟決めて。
(溜息)はぁ…。
そんなにイヤなら、受けなくてもいいよ。
最終的には君の意志が尊重されるべきだと思うし、受けたからと言って絶対かからない保障はないからね。
強制はしない。
でもね、受けなくて病気になったら、つらいよ?
たとえば、予防接種を受けずに病気になった場合の苦しみを100とする。
もし、今我慢して受けておけば、100苦しいのが、30とかで済むんだよ。
予防接種は、あくまで病気になった時の症状を軽くするためのものだからね。
君は、どうする?
受ける?受けない?
今にも泣きそうな顔でこっち見ないでよ。
俺が悪いことしてるみたいじゃん。
決めるのは君自身。
俺じゃない。
痛くしないのは無理。
だって、注射だもん。
針刺すんだから、痛いに決まってるでしょ。
でも、なるべく痛くないようには努力する。
受けるんだね?
ほんとに、いいんだね?
…分かった。
じゃぁ、
打ちやすいように腕を俺の方に向けて。
はい、体の力抜いて。
深呼吸。
吸って…吐いて…。
もう1回。
吸って…吐いて…。
リラックス、リラックス…。
…ちょっと時間置こうか。
体の力、全然抜けてない。
時間?
大丈夫だよ。
こうなるだろうと思って、君の順番を最後にしてもらったんだ。
謝ることじゃないって。
俺が勝手にやったことなんだから。
あっ!
そうそう。
君に早く伝えなきゃと思ってたことがあったんだ。
今週末も仕事って言ってたけど、休みになったよ。
嘘じゃないって。
ほんと。
俺もびっくりして、何度も確認しちゃったもん。
『ほんとに休みでいいんですか?』って。
(彼女が抱きついてくる)
うわっ!
…もう。
ここが病院だってこと、忘れてない?
抱きついてくれるのは嬉しいけど、今はダメだよ。
一応俺の職場だし、これ以上くっついてると俺が我慢できなくなっちゃうからね。
ほら、いい子だから離れて。
(彼女が体を離す)
それでね、温泉に行かない?
近すぎると息抜きにならないし、遠すぎると移動だけで疲れるじゃん。
だから、ちょっとだけ遠いところにある、静かな旅館に泊まって、ゆっくり過ごそうよ。
ね?
一緒に行こ?
決まりね。
帰ったら、旅館決めようね。
…はい、おしまい。
なに、ポカンとしてるの?
注射、もう終わったよ。
ほら、注射器見て。
…ね?
終わってるでしょ?
意識すると
途中で気付かれないか、ヒヤヒヤしたよ。
分かってると思うけど、お風呂入った時に、注射したところは
あと、激しい運動とかお酒もダメだよ。
分かってるなら、いいよ。
注射嫌いなのに、よくがんばったね。
お疲れ様。
(彼女が帰ろうとする)
あっ!待って!
これで終わりだけど、まだ帰らないでね。
15分は待ってて。
大丈夫だとは思うけど、副反応が出るかもしれないから。
そうなった時、病院にいればすぐ処置できるでしょ。
俺も今日の仕事はこれで終わりだし、一緒に帰ろ。
着替えてくるから、待合室で待っててよ。
すぐ迎えに行く。
(耳元で)俺が行くまで、いい子で待っててね?