最近の彼女はたまに様子がおかしい時がある。
考え込んでいたり、思い詰めていたり…。
何も話してくれない彼女の様子を見守ることしかできない僕。
それがもどかしかった。
今日は無性に胸騒ぎがする。
いつもより急いで帰宅する。
「ただいま」
部屋に明かりが点いていない。
真っ暗な部屋の中。
ただ一人、彼女が冷たい床の上で座っている。
「どうしたの?」
いつもならすぐに答えてくれる彼女。
でも、今日は一点を見つめたまま動かない。
一歩、また一歩、ゆっくり彼女に近づく。
月明かりに照らされた彼女の顔は青白く、いつもより美しいと感じた。
そんな彼女の頬に一筋の涙の痕。
「何か悲しいこと、あった?」
ゆっくりと彼女が僕を見る。
虚ろな目をした彼女。
その目に僕は写っていない。
「…死にたい」
そう言った彼女の利き手にはカッターが握りしめられていた。
その手と逆の手首には何度も切りつけたと思われる赤い線が幾重にも折り重なっていた。
「分かった」
僕にとって、彼女は世界の全てだ。
彼女がいないなら、この世に未練なんて、これっぽっちもない。
いつ死んでも構わない。
彼女がいない世界に価値なんてないのだから。
彼女が生きたいなら僕も生きる。
彼女が死にたいなら僕も死ぬ。
彼女を一人になんてしてやらない。
一人が寂しいことはよく知っているから。
だから、僕は彼女についていく。
地の果てまでも。
どこまでも。
部屋からカッターを持ってきて、彼女の隣に腰をおろす。
そして、利き手と逆の手首を思いっきり切った。
暗赤色の血がポタリと床に落ちる。
一滴、さらに一滴…。
『あぁ、これが彼女が感じた痛みなんだ』
そう思うだけで気持ちが楽になった。
彼女はこの痛みをずっと先に感じている。
だから、僕は彼女の後を追わなければならない。
急いで彼女のいる痛みへ追いつかなければならない。
彼女を一人にしないために。
どうして彼女がこんな行動をとったのか、まだ分からない。
何も話してくれないから。
でも、彼女の痛みなら知ることができた。
彼女と感覚を共有することができた。
ただそれだけのことが、とてつもなく僕は幸せに感じたのだった。