(部屋のドアをノックする)
失礼いたします。
お嬢様、本日の執務はいかがでしょうか?
…さすが、お嬢様。
既に終えられているとは…。
まぁ、私の方は数時間前に終えておりますけどね。
いえいえ。
嫌味を言っているつもりも、マウントをとっているつもりもございません。
事実を述べているだけですよ。
では、お嬢様。
いつものをいただく前に、私からひとつ提案があるのですが、よろしいでしょうか?
……なんですか?
その『どうせ碌なことじゃないんでしょ?』みたいな疑いの目は。
あー、ヤダヤダ…。
最初から人を疑うことしかできないなんて、お嬢様はなんてかわいそうな人なんでしょう…。
私が人ではないのは、私自身がよく分かってますよ。
今のは言葉のあやです。
ったく……揚げ足をとるようなことばかり言うお嬢様は、みっともないですよ。
そんな風に育てた覚えはありません。
前にも言いましたよね?
気品に溢れ、人々が憧れを抱く……それがお嬢様が求められているイメージです。
イメージと違うことをすれば、人づてにお嬢様の噂が流れ、いつしか誹謗中傷で溢れ返った挙げ句、大炎上……なんてことになりかねません。
いいですね?
外では今みたいなことを絶対にしないでください。
約束ですよ?
それで、私からの提案というのは、「ご褒美の受け渡しを変えてみませんか?」というものです。
変えると言っても、牙を刺すのは変わりません。
牙を刺す場所を変えるんです。
今、お嬢様が吸われたいと思う場所から吸血させていただきます。
もちろん、『いつもの場所で…』とお嬢様がお望みであれば、そこから吸血いたします。
ですが、いつも同じだとマンネリして面白みがないでしょう?
「たまには新しい刺激があってもいいのでは…?」と思いまして…。
それに、されるがままというのもいいですが、せっかくなら少しくらい主導権を握りたくありませんか?
お嬢様は私の主人ですから。
ふふ。
満更でもない感じですね?
で、今のお嬢様は、どこから吸われたいですか?
…承知いたしました。
では、失礼いたします。
(吸血開始)
…お嬢様、体調はいつもと変わりありませんか?
いえ、特にこれと言って理由はないのですが、少し気になったものですから…。
血の味が……いつもと違うので…。
いつもは甘く柔らかな味わいなのですが、本日は甘さが特に強くて、少し酸味も感じられます。
人間の食べ物で例えるなら、イチゴが近いかもしれないですね。
いえ。
嫌いではありません。
こういう味も悪くないです。
私の嫌いな味ですか?
…んー…そうですね…。
ねっとりとした味、でしょうか。
どうにも口の中にまとわりつく、あの感覚が好きになれなくて…。
お嬢様の血は私好みの味です。
なんてったって、私がお嬢様の食事を用意しているんですよ?
お嬢様の体が私の与えたもので作られ、育て上げられていると思うだけで、それはもう…!
(咳払い)ん゛ん゛っ…。
失礼いたしました。
少々興奮して、取り乱してしまいました。
…今のお嬢様と同じですね。
お気付きになっていらっしゃらないのですか?
すごく興奮されていますよ。
いつもと違う場所から血を吸われたというだけで、頬を赤らめ、目を潤ませているなんて…。
(耳元で)お嬢様は、とんだ変態ですね。
否定するなら、少しは落ち着いてください。
今のお嬢様は、誰がどう見てもただの変態にしか見えません。
(吸血終了)
…ごちそうさまでした。
大変美味でございました。
えぇ。
お嬢様のおかげで、明日もしっかり業務をこなすことができそうです。
このあとはどうされますか?
お風呂に入りますか?
それとも、先にお休みになられますか?
…だと思いました。
長風呂は結構ですが、ほどほどになさってくださいね。
夜も遅いので早めに休まれませんと、疲れが取れないですし、お嬢様の肌に悪影響を及ぼしてしまいます。
…お嬢様?
…お嬢様!
私の話を聞いていらっしゃいますか?
えっ……『もう一度』って、『吸血を』という意味ですか…?
ダメです。
これ以上はお嬢様の体がもちません。
倒れてしまいます。
もしお嬢様が倒れてしまわれたら、執務はどうなさるおつもりですか?
私はお嬢様の代理なんていたしませんからね。
代理をする・しないの話以前に、そもそも時間的な余裕がありません。
私の執務に加え、倒れたお嬢様の看病を四六時中しなければならないのですよ?
どこにお嬢様の代理を務める時間があるんですか?
…分かりました。
では、明日以降も、吸血の際にはお嬢様が望んだ場所から吸血する、というのはどうでしょう?
毎日違う刺激を受けられる楽しみ…。
想像しただけでゾクゾクしてしまいますね、お嬢様。
ふふ。
これではどちらの褒美か分からないですね。
私よりも喜んでいらっしゃいますから…。
では、明日を楽しみにして、私はこれにて失礼いたします。
おやすみなさいませ。
お嬢様。