【呼び出し音】
あっ、俺。
あのさ、今朝『定時であがる』って言ったけど、残業しないといけなくなった…。
最悪、終電で帰ることになるかもしれない…。
ほんと、ごめんな。
……すっごい泣き声聞こえるけど、大丈夫か?
大丈夫なら、いいけど…。
できるだけ早く帰るようにするから。
じゃぁ、また…。
【電話を切る音】
(少し間を開ける)
【鍵を開ける音】
【玄関扉の開閉音】
ただいま。
帰ってきちゃった。
仕事は…大丈夫。
明日にしてもらった。
『ごめん』ってお前が謝ることじゃないだろ?
”育児は2人でやる”ってコイツができた時に話し合ったじゃん。
ほら。
いつまでも床に座り込んでたら、体冷えるぞ。
こっち、座って。
【ソファーに座らせる音】
電話した時も思ったけど、すごい泣き方…。
ずっとこうなの?
そっか…。
俺が
よちよーち。
何がイヤなんでちゅか?
ん?言ってくだちゃい?
…って言えるわけないか。
あっ…寝そう…。
このままコイツ寝かせてくるな。
ちょっと待ってて。
(少し間を開ける)
お待たせ。
たぶん、しばらくは起きないよ。
ずっと泣いて体力使い果たしたんだろうな。
ぐっすり寝てる。
……なぁ。
今、思い詰めてるだろ?
考えなくていいこと、いっぱい考えてるだろ?
もう、そういうのいいって。
お前の嘘はバレバレだから。
電話の時の『大丈夫』も、今の『そんなことないよ』も
お前との付き合い、だてに長くないんだからな。
全部分かるよ。
思ってること、言えって。
全部俺が受け止めてやるから。
(相槌数回打つ)
あのさ……お前の言う『完璧な母親』って、この世の中のどこにいる?
連れてきてよ。
…きっと、どこにもいないよ。
そんな人は。
『だって』じゃない。
それが事実なんだよ。
みんな、最初は失敗ばっかなんだよ。
失敗して、経験して、学んでいく。
そうやって少しずつ親になっていくんだよ。
ほんと、お前って出会った頃から変わらないよな…。
なんでも最初から完璧にこなそうとするところ。
お前のいいところでもあり、悪いところでもある。
お前のペースでゆっくり親になっていけばいいんだよ。
その途中で、つらくなったら、俺を頼ればいい。
『イヤ』って…なんで?
『俺に負担がかかるから』?
(溜息)はぁ…。
あのさ、さっきも言ったけど、育児は2人でやるの!
たぶんお前が言いたいことって、『外で仕事してきて疲れてるのに、家では育児の手伝いさせたら休む暇がない』とかじゃない?
アイツの父親は誰?
そう。俺。
母親はお前しかいない。
この地球上で、アイツの親は俺たちしかいないんだよ。
アイツを育てる過程で協力しないといけないことが出てくるのは当然なんだ。
その時は俺に頼ってよ。
俺が頼っていいって言ってるんだから、いいのっ!
…俺にできることはなんでもやるから。
な?
それに、疲れてるのはお互い様だろ?
俺が外で働いてる間、家でお前はアイツに付きっきりのまま家事こなしてるじゃん。
俺よりはるかに疲れるはずなのに、何我慢してるんだよ?
『してない』って、その顔で言う?
全然説得力ない…。
ほら、おいで。
俺の腕の中においで。
来ないなら、俺から行くけど?
(妻を抱きしめる)ギュー
いっぱいがんばったな…。
いっぱい疲れたよな…。
泣いて、ちょっとだけ休も。
(妻の背中をトントンする)
ほんと、昔から優しいよな。
自分よりも相手のことを優先させるところ、すごいと思う。
マジで尊敬してる。
普通できないから。
誰しも、自分が1番って考えるのに、お前はそうじゃない。
相手が傷つかないように、不快に思わないようにって考えてる。
その代わり、自分が犠牲になってるけどな…。
俺限定でいいから、これからは、そういうのやめて。
自分を犠牲にしてまで俺を優先しないで。
俺たち、夫婦なんだから。
協力するのが当然じゃん?
だから、約束して。
これからは自分を犠牲にしない、って。
できる?
ん。いい子。
顔、涙でぐちゃぐちゃ。
せっかくだし、久しぶりに一緒に風呂入ろ。
大丈夫。
アイツ、しばらくは起きないって。
ぐっすり寝てるから。
まぁ…風呂でエッチぃことして長風呂にならなければ、の話だけどな。
やっと笑ってくれた。
ほら、風呂行くぞ。
(耳元で)…答えは『はい』しか認めない。