【インターホン連打音】
ピンポン!ピンポン!ピンポン!
うるさいなぁ…。
誰だよ、こんな時間に…。
って、先輩!?
(小声で)
こんな時間に、ずぶ濡れの先輩…。
どういうこと?
っていうか、タオル、タオル…。
【ドアの開閉音】
どうぞ、入ってください。
雨の中、傘も差さずに歩いてきたんですか?
全身ずぶ濡れだし…。
このタオル、使ってください。
ちょ、ちょっと先輩!
目元、どうしたんですか?
真っ青に腫れてるじゃないですか。
口元も青くなってる…。
とりあえず、事情はあとでゆっくり聞くとして、まずはお風呂に入ってください。
ちょうど俺がお風呂入ろうと思ってお湯溜めてたところだったんで、すぐ入れますよ。
こんなに体が冷え切った、ずぶ濡れの人を差し置いて先に入ろうとは思わないです。
濡れた服は洗濯機の中に入れておいてください。
あとで洗濯と乾燥しておきますから。
ちゃんと肩までお湯に浸かって、体の芯から温まらないといけないですからね。
女性物の着替えはないので、申し訳ないですが、俺の服で我慢してくださいね。
(先輩、お風呂から上がってくる)
ちゃんと温まりましたか?
先輩、確か紅茶派でしたよね。
先輩が気に入るか分からないけど、今、淹れますから、ソファーで待っててください。
はい、どうぞ。
熱いので舌、火傷しないように気を付けてくださいね。
それで、事情聴いてもいいですか?
その顔の痣、どうしたんですか?
階段から落ちたって…。
確か少し前にも同じような痣作って、今みたいに階段から落ちたって先輩言ってましたよね。
仮に本当に階段から落ちてたら、手足にも擦り傷があってもいいと思うのに、全くない。
ただ打撲痕があるだけ。
素人目に見ても、明らかにおかしいです。
先輩、彼氏さんに暴力振るわれてるんじゃないんですか?
正直に言ってください。
俺は先輩の身が危険に晒されてることが辛くてたまらないんです。
お願いだから、正直に言ってください。
違うって…。
そんな怪我させられてるのに、まだ彼氏さんを庇うんですか!?
(溜息)はぁ…。
じゃぁ、何で先輩はずぶ濡れのまま、俺の家に来たんですか?
暴力を振るう彼氏さんから逃げるためじゃないんですか?
俺の家は誰にも教えてないんです。
知ってるのは先輩だけ。
だから安心してください。
ここには誰も来ないから。
今少し安心したでしょ?
肩の力が抜けたの分かりましたから。
今の先輩の行動で全部分かりました。
先輩は彼氏さんから暴力を振るわれていて、精神的にも肉体的にも追い詰められている。
やっとの思いで俺のところにきた。
違いますか?
ちゃんと現実を見てください。
目を逸らしても何も変わらないから。
先輩の意志で、俺に事実を教えて?
お願い…。
やっと頷いてくれましたね。
泣かないでください。
辛かったですね。
今までよくがんばりました。
先輩、触れてもいいですか?
急に触れられると怖いかなって思って…。
だって、俺から先輩に触れたことって一度もないから。
抱きしめますよ?
ギュー。
先輩、温かい。
ちゃんと生きてる。
先輩はここにいる。
逃げてきてくれてありがとうございます。
俺、できる限り先輩を助けますから。
先輩は彼氏さんとどうなりたいですか?
まだ付き合っていたい?
それとも別れたい?
もう嫌なんですね。
別れたいんですね。
それなら、今から写真を撮りましょう。
確か、このあたりにデジカメが……あった!
まずは、目元。
次は口元。
ちょっと袖、捲りますよ。
うわ…酷い…。
このまま写真撮ります。
足の方も見せてください。
こんなの、酷すぎる…。
先輩がずっとパンツスタイルだったのって、これを隠すためだったんですね。
こんなに真っ青じゃ、歩くのも辛かったでしょ?
もう大丈夫ですから。
ん?
『写真を撮って何するの』って?
暴力を振るわれていたっていう証拠を記録しているんです。
明日、病院に行って診断書を貰ってきましょう。
俺も付き合いますから、安心してください。
それから、彼氏さんと別れ話をしましょう。
もしものために、俺も一緒に行きますから。
俺がついていれば怖いのも少しは怖くなくなるでしょ?
先輩には指一本触れさせません。
いざとなったら、俺が身を挺して先輩を守りますから。
キョトンとしてどうしました?
どうしてそこまでしてくれるのかって?
俺、先輩のことが好きだから。
先輩と知り合って、一目惚れでした。
だけど、その時には既に彼氏さんと付き合ってたから、この気持ちは打ち明けないで、俺の心の中にしまっておこうとしました。
でも、今は先輩は彼氏さんと別れようとしてる。
このチャンスを逃しちゃいけないと思ったんです。
先輩が弱ってる時にこんなこと言うのはずるいですよね。
卑怯と思ってくれてかまいません。
答えはいりません。
俺の気持ちを先輩に伝えておきたかった。
ただそれだけなので…。
すみません。
もう夜も遅いし、せっかく温まった体も冷えちゃいますから、ベッドルームに行きましょう。
俺はソファーで寝ますから、大丈夫です。
先輩はいろいろあって疲れてるから、ベッドでゆっくり休んでください。
ちゃんと肩までお布団掛けてくださいね。
それじゃ、俺リビングにいるんで、何かあったら起こしてください。
おやすみなさい。
…先輩、離してください。
離してくれないとリビングに行けないんですけど。
一緒に寝てって…。
俺、隣で好きな人が寝てて、何もしないでいられる程、できた人間じゃないですから。
お願いですから離してください。
嫌だって、駄々をこねる子供じゃないんだから…。
(溜息)はぁ…。
先輩、ずるいですよね。
俺がああ言ったけど、今の先輩の状況を知ってる俺が先輩に対して何もしないって分かってやってるでしょ?
先輩、少し奥に行ってもらっていいですか?
隣、失礼しますよ。
今日だけですからね。
ちょ、ちょっと、先輩!
何でくっついて寝ようとしてるんですか。
寒いって…。
いくらなんでも酷いですよ。
俺の気持ち知っててそんなことするなんて…。
どうしても離れる気はないんですね?
(溜息)はぁ…。
今日だけですからね。
ギューってしてあげます。
これなら温かいでしょ?
(耳元で囁いて)
さぁ、目を閉じて?
もう怖くないから。
ゆっくり休んでください。
(以下、独り言)
落ちるように寝たなぁ。
それだけ疲れてたってことなんだよな…。
ほっぺ、ツンツンしてもいいかな?
うわ…柔らかい。
眠ってる先輩、かわいいなぁ。
起きててもかわいいけど。
こんなかわいい先輩に暴力を振るうなんて絶対許さない。
何があっても先輩を守る。
この命にかえても。
だから、先輩は安心して俺の腕の中で眠っててくださいね。
大好きです、先輩。