(ざわつく街中)
お姉さん、大丈夫?
『えっ?』じゃないよ。
大通りから一本入った裏路地でしゃがみ込んでるの見つけたら、誰でも心配するって…。
気持ち悪かったりする?
誰か呼んでこようか?
そ。
大丈夫ならよかった。
だとしても、一人でこんなとこいたら危ないよ?
今夜は特にね…。
だって、ハロウィンだよ?
おばけにイタズラされちゃうよ?
ってことで、トリック・オア・トリート!
えぇー!?
お菓子、持ってないのー!?
仕方ないなぁ…。
俺が用意してるのあげる。
いいって。
たくさん持ってるからお裾分け。
俺みたいなのが、ほかにもいるかもしれないし、『お菓子くれないなら…』ってイタズラされるかも…。
用心のために、ね?
手、出して。
はい、どうぞ。
…こういうイベントは初めて?
なんか慣れてない感じしたから…。
気のせいだったら、ごめん。
そっか…。
初めてか…。
一人で来たの?
誰かと一緒?
…お友達と…。
で、その友達はどこにいるの?
近くにいないみたいだけど…。
えぇー!?
お姉さんのこと、ほったらかして自分だけ遊びに行っちゃったの!?
それ、ひどくない?
お姉さん、かわいそう…。
じゃぁさ、少しなら時間あるよね?
友達が戻ってくるまで俺の話し相手になってよ。
ちょうど話し相手がほしかったとこだったから。
ん。
ありがと。
お姉さんの衣装、めちゃくちゃ似合ってるけど、自作したの?
いや…その衣装、すごくリアルでお姉さんのイメージとかサイズ感とかぴったりだから…。
こういうイベントだけのために作る人もいるって聞くし、お姉さんもそうなのかなって思っただけ。
ふぅーん。
例のお友達が用意してくれたんだ…。
センスいいね。
そのお友達。
お姉さんの良さを最大限引き出せてる。
ってかさ、せっかく仮装してるのにこんなとこにいたらもったいなくない?
その衣装、あっちで見せびらかしにいけばいいのに…。
絶対大盛り上がり間違いなしだよ。
写真とか撮られまくって、ワンチャン、スカウトもされたりして…。
へぇー。
賑やかなの、苦手なんだ。
俺と一緒だね。
俺も賑やかなの、苦手…。
でも、このイベント毎年参加してるんだよね。
この吸血鬼の格好で。
矛盾してるでしょ。
なんか楽しくってさ。
参加するの、やめらんない。
衣装とかも結構力入れて作ったんだ。
触ってみていいよ。
どう?
結構高級感あるでしょ?
服の質感とか大事にしたくて、こだわり抜いたからね。
納得いく生地を探すのに、世界中を飛び回ったよ。
冗談なんかじゃないよ。
ほんとの話。
実際この服の生地、全部集めるだけで数年はかかったし…。
ん?
あぁ…牙もそうだよ。
これもお手製。
理想の歯に見せるのに、かなり苦労したんだよね…。
せっかくだし、この牙でお姉さんのこともガブッと噛まれてみる?
なーんてね。
冗談。
…えぇー!?
ほんとに、お姉さんの首筋噛むの!?
この牙、見た目よりも鋭くなってるから軽く立てるだけでも結構痛いよ?
たまに自分でもうっかり口の中噛んじゃうことあるけど、口の中血だらけになって、マジで泣くレベル…。
ほんと。ほんと。
それくらい痛いんだよ?
フリだとしても、当たったら痛いと思うし…。
それでもやるの?
絶対痛いって分かってんのにやるとか、実はドM?
あぁ……吸血鬼に血を吸われると
ごっこ遊びだとしても、やられてみたいんだ?
そういう気持ち、分からんでもないかな。
思い描いてたことが現実にできるってなると、なんか興奮するし。
とはいえ、ほんとに痛いからね?
牙が当たって、血出ても知らないよ?
じゃぁ、ちょっとだけね…。
……我にお前の血を捧げ、眷属となれ…。
(お姉さんの首筋に牙を立てて血を吸う)
…ごちそうさま。
んー、思った通り極上の味。
今まで飲んだ中で一番おいしい。
ん?
気付いてなかったの?
俺は本物の吸血鬼。
毎年このイベントに参加してるのは、その年の一番うまい血を持つ女を
知らない?
このイベント、毎年行方不明者が出てるって噂されてるの。
まぁ、噂じゃなくて事実なんだけどね…。
お姉さんもお姉さんだよ?
最初に「おばけにイタズラされちゃうよ」って警告したのにスルーしちゃうし…。
小さい頃に『知らない人とお話しちゃいけません。仲良くなっちゃいけません。ついて行っちゃいけません』って習わなかった?
それより、どう?
俺の
俺は嬉しいよ。
お姉さんみたいな極上の血が手に入ったんだもん。
来年はどうしよっかなぁ…。
もうここに来る理由なくなっちゃった…。
お姉さんの味を知ったら、ほかのヤツの血は飲めないもんなぁ…。
その辺は、戻ってからゆっくり考えますか…。
時間はたっぷりあることだし…。
…さぁ、一緒に屋敷へ帰ろ?