(弟、ドタバタとノックもなしに姉の部屋にやって来る)
弟:姉ちゃん!姉ちゃん!
服、おかしくない?
こっち見ずに『うん』って言わないで。
ちゃんと見て!
ほんとにおかしくない?
髪は?
跳ねてるとことか、ない?
ん、まぁ……このあと出かけてくる…。
(弟、何かを言いたくてたまらない様子)
……あのね、あのね。
兄ちゃんには内緒。
姉ちゃんだけに教えてあげる。
これから、気になってる子と遊びに行くの。
2人きりじゃないけど…。
(姉、その子のこと好きなの?と尋ねる)
うん。
好き。
すっごく優しくて、気がきく子なんだ。
ちょっと前に、紙でざっくり指切った話したじゃん?
あの時手当てしてくれたのが彼女。
あんなに優しくしてもらったの初めてで、あっという間に恋に落ちちゃった。
……うん…。
男子の中ではかなり人気あるから、ライバルは多くて…。
勇気なくて、まだ告ってない。
でも、近いうちにする予定。
フラれたら
(兄、部屋から出てくる)
兄:ん?
どっか行くのか?
弟:遊びに行ってくる。
兄:どこまで?
弟:どこだっていいじゃん。
兄ちゃんには関係ない。
兄:ふぅーん。
(意地悪そうに)…デートだな?
弟:違うもん。
デートじゃない。
仲のいい奴らと遊ぶだけ。
兄:仲のいい奴らって男?
弟:当たり前じゃん。
兄:嘘だな。
男だけで遊びに行くのに、今まではお洒落してなかった。
それが今日はお洒落して出かけようとしてる。
導き出される答えはひとつ。
デートしかない。
弟:違うってば!
姉ちゃん、兄ちゃんがいじめるぅ…。
兄:これからデートに行く奴が姉ちゃんに甘えんな。
そうか。
デートか…。
ってことは、初めてだよな?
姉ちゃんもそう思うだろ?
(姉、『そうだね』と同意する)
兄:ほらな?
姉ちゃんも同意した。
ってことは、やっぱりデートなんじゃん。
弟:姉ちゃん、内緒って言ったのに!
(姉、『ごめん』と謝罪する)
弟:兄ちゃんに冷やかされる…。
兄:バーカ。
いいか?
よーく聞け。
人生で初めては一度きり。
絶対後悔ないようにしろ。
弟:……えっ……何?
兄ちゃんが優しいとか、気持ち悪い…。
兄:気持ち悪いとか言うなよ。
傷つくだろーが。
弟:あっ!分かった!
兄ちゃん、初デートの時なんかあったんでしょ?
そうでしょ?
兄:まぁな…。
弟:えぇー!?
兄ちゃんともあろう人が失敗したの!?
何?何?
何があったの?
(姉、弟をたしなめる)
弟:バカにしようとしてるんじゃなくて、後学のために教えてもらいたいだけ。
そうすれば対策の取りようがあるでしょ?
ねぇ、ねぇ。
兄ちゃん。
何があったの?
兄:……電車でうっかり寝過ごした挙げ句、挽回しようと空回って喋りすぎた…。
弟:それ、マジ…?
兄:……マジ…。
弟:……なんかごめん…。
兄:別にいいって。
それからは失敗してないから。
弟:そのドヤ顔さえなきゃ、兄ちゃんかっこいいのに…。
すごい残念…。
兄:今となってはいい思い出だよ。
そんなことより、時間大丈夫か?
弟:ヤバッ!
もう行かなきゃ!
兄:ちょっと待て。
……ん。持ってけ。
(兄、弟にお小遣いを渡す)
弟:お金、ちゃんと持ってるよ?
兄:どうせ電子マネーだけだろ?
弟:うん。
ダメ?
兄:ダメじゃないけど何があるか分かんないんだし、一応現金も持ってけ。
(姉、弟にお小遣いを渡す)
弟:姉ちゃんも…?
いいの?
……ありがと。
兄:無駄遣いすんなよ?
弟:うん!
兄:ほら。
遅刻するぞ。
弟:はーい。
行ってきます。
兄:気をつけろよ。
(弟、退場)
兄:ずっと子供だと思ってたのに…。
いつの間にかアイツも大人の階段登ってたんだな。
……なぁ、姉ちゃん。
このあと、暇?
だったら、俺とデートしない?
さっすが、姉ちゃん!
俺のこと、よく分かってる。
姉ちゃんの言う通り、アイツを尾行しよ。
だって、アイツの好きな子、気になんない?
(姉、兄の誘いにのる)
そうこなくっちゃ!
じゃぁさ、10分でバレないように準備して。
で、急いで追いかけよ?
『メイク』?
そんなのマスクしてれば大丈夫だって。
してなくても、姉ちゃんのすっぴんは綺麗だから大丈夫。
客観的に見て、普通に綺麗。
……はぁ!?
姉ちゃんがブス?
……そいつに今度会いに行ってもいい?
きっちりお礼参りしなきゃ…。
そりゃ怒るよ。
姉ちゃんのこと悪く言われて、平気でなんていられない。
姉ちゃんも姉ちゃんだよ。
そんな奴の言うことなんて、気にする必要なんてない。
人を見る目がない愚か者なだけ。
ただの騒音だと思って、適当に聞き流しときゃいいよ。
ってか、そいつ、姉ちゃんのことが気になるから意地悪してるだけじゃない?
自分を見てほしいから。
そんなことなくない。
同じ男だから分かる。
絶対そう。
『でも』も『だって』もナシ。
姉ちゃんの弟の俺が綺麗って言う言葉は信じられない?
ん。
信じてくれてありがと。
じゃぁ、10分後。
姉ちゃんの完璧な変装、楽しみにしてるね。
(兄、姉の部屋から出ていく)